いすゞの魅力

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いすゞ自動車株式会社

現在は主にトラックやバスのメーカーとして知られる日本のメーカーですが、かつては乗用車なども造っているメーカーとして知られ、話題のCMなどもありました。その歴史は古く、1893年に設立された株式会社東京石川島造船所が、1929年になって石川島播磨重工業となりその自動車部門が株式会社石川島自動車製造所として創業。その過程では、1918年にイギリスのウーズレー自動車会社と提携して製造権と販売権を得て自動車製造の歴史が始まり、1922年にウーズレーA9型国産第1号乗用車が完成します。1927年に提携を解消して純国産の生産を1929年に隅田川沿岸で生産されるこの自動車の発展を祈願して命名されたスミダ号を開発。1933年に商工省標準形式自動車を材料から計器類、電装品に至るまで国産で開発し、TX40型トラック、TX35型トラックやBX40型バスとしてが製造されて、伊勢神宮の境内に沿って流れる五十鈴川に由来するいすゞと命名され現在の車名のルーツと成りました。1936年に空冷式ディーゼルエンジンDA6型・DA4型の開発に成功し、これがいすゞのディーゼルエンジンの基礎となります。その後も、各種ディーゼルエンジンの開発に成功し1941年ディーゼル自動車専用許可会社となり、1942年にヂーゼル自動車工業から日野製造所を切り離して今の日野自動車である日野重工業株式会社が出来ました。軍需用として開発されることとなった水冷DA型エンジンなどは、戦後に入ると民需用TX80型トラックなどに使用されることになり、ディーゼルのメーカーとしての地位を確立していきます。その後いくつかの自動車メーカーとの合併を行なって、1949年現在の社名に改称されました。1953年にイギリスのルーツ自動車傘下となっていたウィリアム・ヒルマンが創業したヒルマン・モーター・カー・カンパニー・リミテッドの自動車ミンクスの日本国内でイギリス製部品を用いたノックダウン生産を行なって、日本国内でいすゞ・ヒルマンミンクスとして販売されることになりました。これがいすゞの乗用車としての最初の生産で、初代はモノコックボディの4ドアセダンのこの車の販売は4年に渡って行われました。フロントに縦置きとされたサイド・バルブの1.3Lの直列4気筒ガソリンエンジンはシングルキャブで4200rpmにおいて37.5馬力を発生し8.0gkmのトルクを2200rpmで後輪を駆動し956kgのボディを最高速度104km/hまで引っ張ります。コラムシフトの4速マニュアルトランスミッションで、リヤサスペンションは半楕円リーフでしたが、フロントサスペンションにはダブルウィッシュボーンが奢られ、リアにはトーションバーのスタビライザーが装備されていたそうです。フランス・パリ出身のデザイナーであるレーモン・レヴィによるストリームライン・モダンなデザインの2代目いすゞ・ヒルマンミンクスは、1956年にノックダウン生産を開始し翌1957年には国産化が完了。1955年にOHV化され60年には4600rpmで62馬力を、11.2gkmのトルクを2600rpmで発生し1065kgに増えたこの車を最高速度が128km/hまで引っ張り、イギリス本国のモデルよりもパワーがありました。そうして1964年まで生産が行われ役目を終了しましたが、1963年にこれらのノウハウを注入したいすゞ・ベレットが後継車として生産されす。後の生産モデルでミンクスの名は、上級バージョンの名前として使用されました。

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